※2012/02/27追加
「真説・触手学入門」 執筆のために、印刷物から、書道の先生と一緒に背後の文字を起こしましたが、Wikipediやネット上の訳は不完全であることがわかりました。「けものとのあな」は「けつのあな」が正確だったり、やっぱりWikipediaって安直に信じられないね。なお、完全役については、真説・触手学入門を買って確かめてみて下さい。
僕は触手が大好きなので、当然いろいろと触手モノをいっぱい見てきた。
この本棚ではそういった、触手系の同人誌やら漫画やらアニメやらをぽつぽつ紹介できたらなーなんて思う。
で、これからそれをたくさんかたるにおいて、まずは「触手の源流」について、
ちょっとだけ述べておきたい。
触手といえば、不可避なのは「蛸と海女」である。巨匠葛飾北斎の手による図版は、触手好ならたぶんもれなくみているといえるほどの勢いがある。

これ、SS(ショートストーリー付き)である。
ということで、あらためて、文章を見てみなければ、この作品にこめた北斎の意図がつかめないだろう。
【原文】
「親蛸」「子蛸」としたのは、この蛸の間に「親分・子分」の任侠的関連性があるため。
親蛸:いつぞハいつぞハとねらいすましてゐたかいがあつて、けふといふけふ、とうとうとらまへたア。てもむつくりとしたいいぼぼだ。いもよりハなをこうぶつだ。サアサア、すつてすつてすいつくして、たんのふさせてから、いつそりうぐうへつれていつてかこつておこうか。
海女:アレにくいたこだのう。エエ、いつそ、アレアレ、おくのこつぼのくちをすハれるので、いきがはずんで、アエエモイツク、いぼで、エエウウ、いぼで、アウアウ、そらわれをいろいろと、アレアレ、こりやどうするのだ。ヨウヨウアレアレ、いい、いい。いままでわたしをば人が、アアフフウアアフウ、たこだたこだといったがの、もうもうどふして、どふして、エエ、この、ずずず...
親蛸:ぐちやぐちやズウズウ、なんと八ほんのあしのからミあんばいハどうだどうだ。あれあれ、なかがふくれあがつて、ゆのやうないんすいぬらぬらどくどく
海女:アアモウくすぐつたくなつて、ぞろぞろとこしにおぼへがなくなつて、きりもさかひもなく、のそのそといきつづけだな。アア、アアいいヨいいヨ
子蛸:おやかたがしまふと、またおれがこのいぼでさねがしらからけもとのあなまでこすつてこすつてきをやらせたうへですいだしてやるにヨオウオウ
(Wikipediaより引用)
【現代訳:酒井童人アレンジ】
親蛸「いつかいつかと狙い澄ましていた甲斐があって、今日という今日、とうとう捕まえたぞ。手もむっちりとして、いやらしいオマンコだな。オレの大好物の芋よりも好物だ。さぁ。吸って吸って吸いつくして、堪能させてから、いっそ竜宮へ連れて行って囲っておこうか」
海女「いやぁ、なんてにくいタコなのかしら。えぇ、いっそ......、ああんっ! 奥の小壺の口(=子宮口)を吸われるので、うっく、息が...... 弾んで...。いやぁ、いくっ! イボで、うあぁ、イボで、んんっ!あぁ、私を...うふあぁ、どうするつもりなの。あうっ、な、なにいっ! いいっ、いいっ! 今まで私を誰かが、......あううぅぅぅ......蛸だ蛸だといったけれど......。もう、もう、どうして......んん、どうして、この...... (ズズズ(=擬音))」
親蛸「(ぐちゃぐちゃ、ぶじゅぶじゅる(=擬音))。どうだ! 8本の足の絡みのこの心地はどうだ? おうおう、オマンコの中が膨れあがって、湯みたいなマン汁がぬらぬら、どくどくあふれてくるぞっ!」
海女「あぁぁ! んんっ。もう、くすぐったくなって、ゾロゾロとされて、腰がしびれて感覚が麻痺する......、あぁ、頭がぼうとっとして、何も考えられないっ。私、人だか、蛸だか......わかんないっ! あぁ、いいっ、すごい、いいよぉ!」
子蛸「うひひひ。親方がし終わったら、今度はオレはこのイボイボでクリトリスから毛穴までこすってこすって、イキまくらせて、足ですいつくしてやるぞ。わかったか......うひひひ」
図版は、美術出版社・「浮世絵艶本集成 弐・葛飾北斎・喜能會之故眞通」より
この葛飾北斎の有名な絵は、文化11年(1814年)「喜能會之故眞通(きのえこまつ)」と題されて世に出された「彩色摺半紙本」のもっとも有名な一枚である。本作は「上中下巻」のうち、下巻に掲載されている。
かの有名な北斎漫画も1814年であり、関連性がうかがえる。(後述)
北斎は1760年頃生まれ。約54歳でこの図版をだしたという絶倫のおじさんである。
ちなみに、北斎が初めて艶本をだしたのは1782年。当時の江戸人の寿命を鑑みるに、数え22歳から50過ぎるまでエロ本を出し続けるというのは、恐るべきエロパワーである。
喜能會之古眞通がすべて、このような「鳥獣戯画」モノであるかと言えば、そうではない。おおよそ30点近い艶絵のなかで、この一つだけが、まるで「純愛エロゲー」に「触手モノ」がまざるように異質にぽんと置かれている。
では、30分の1の一枚にはどんな意味が込められているのか?
この「蛸と海女は」、原則的に「触手輪姦→和姦」であり「蛸に任侠関係が存在」「触手生物による連帯責め」など、もう最初っから触手要素満載のブラボーなシチュと図である。
たぶん、この蛸の親分子分は、海辺で海女をみて、人間の女に魅入られて犯すことを決意したのであろう。
子分は子分らしく、親分が海女を犯してめろめろにしたあと、オイラがいかせてやるぜ!と息まいている辺りが、いかにも子分キャラとして立っている。しかも、どういったものか毛穴マニアである。
親分にしても、芋より好物だなんて......。どうかしてる。(この北斎の意図は後述)
しかし、吸盤一つとっても細かく描かれていて、足も8本である。
子分蛸の乳首をつまむ動き。親分蛸の土手をぐっとおしこんでクリトリスをむき出す繊細な動き、そういったところにも触手のツボを心得た描画がされている。
が。やはり見るべきは「蛸の擬人化」である。
人間の女にいたずらしたい蛸の心を、擬人法という言葉すらなかった当時に文と絵で表現する斬新さは、おそらく江戸の人々の度肝を抜いたろう。
奇しくも1814年は、北斎の「北斎漫画」の初刊リリース年。時を同じくして、この蛸と海女が作成されていることころをみて、おそらく、この一枚は北斎漫画と同じく「擬人化のトライアウト」であったに違いない。
また、海女さんも決していやがっていない描写も秀逸ですよ。
子蛸に口をもてあそばれて、舌を自分から突き出すところや、蛸の足をぐいと腕でつかむ描写など。
また文章でも「いつが誰かが自分のことを蛸だ蛸だと言ったけれど」という差し込みも「こんな蛸に犯されて感じる自分は確かに蛸みたいなものかもしれない」という、「人と人ならざるモノの垣根を越える」感じの表現として生きています。「きりもさかひもなく、のそのそといきつづけだな」という、海女さんのセリフがさらにその思いを裏付けますね。
ともかく、この一枚に閉じ込められた情報量は実に多いのです。
余談ですが、江戸時代の海女は「上半身裸」「ふんどし」であった。(http://fundoshilady.fc2web.com/ama/ama.html)しかも、海女がとるのは鮑が多かったそうで(http://www.pref.mie.jp/HAKU/HP/Osusume/isenoama.htm)、ここらへんからして、もうエロス満載である。この海女は腰巻きを着用しているところを襲われたのか、それてもふんどしか、全裸なのかは謎である。
どちらにせよ、海女さんの髪型も忠実に表現されているところがすばらしい。また、顔立ちも当時の美人として描かれている。
さて、親分蛸が芋が好きというのは、北斎らしいジョークだと思う。
というのは、「井原西鶴」が「芝居浄瑠璃芋蛸南京」というなるものを発表し、以来、女性の好物は「芋・蛸・南京」だなんて、現在までいわれている。
この図の中に、芋、蛸、南京(=クリトリス)という要素を閉じ込め、「好色一代男」ならぬ「好色一代蛸」を表現してしまうところが、葛飾北斎のネタの仕込み方のすばらしさを感じるのである。
つまり、30分の1にこめた北斎の思いは、「北斎漫画」とコアを同じくする、生物の擬人化というインパクトのある手法を、丁寧な絵と文章とシチュエーションで浮世絵にしてしまえ!...ということであったろう。
後述する、異種姦群とは総合的な完成度は一線を画しているのである。
やはり、北斎は日本のショクシャーの父とみて間違いないだろう!!!
では、北斎先生が異種姦の元祖であるかといえば、実はそうともいえない。
もしかしたら、北斎が最初であったかもしれないし、違うのかもしれない。
それは、戦後において「誰が触手を始めたか」と語るのに近い感覚であろう。
以下、「江戸のアンダーワールド(平凡社)」より引用してみよう。

これは、天明8年(1788)刊行の、喜多川歌麿の「歌まくら」第一図からである。
あの歌麿による「水中カッパ姦」が現出している。

しかも、これ、犯される海女を、別の海女がうれしそうにみているという壮絶な絵である。
いまのところ、触手の元祖は北斎で、異種姦の元祖は歌麿と思っている。

さらには、犬姦もあったりする。
天保9年(1838)「恋のやつふぢ<上巻>」。宇田川国定の手によるモノである。
当時、こんなに毛並みのいい犬を飼えるのは、超上流階級だけであり、実際にこの本でもお姫様がいぬと交わっている。
しかも!

これ、遠めがねでのぞき見しているというシチュエーションである。
日本人のエロに対するシチュエーションの追求は、このころからぬかりない。
このころの、浮世絵師は艶本を出すこともステータスだった。

「浮世絵師はボボを見ることも仕事なり」
それゆえに、性器断面カットインもすでに浮世絵で実装済みである。
(文政6年(1823年)刊・渓斉英泉画「閨中紀聞 枕文庫」より)
日本人の異種姦DNAは、このころありとあらゆる方面にのばされる。
文化の熟成はヨーロッパのそれのように、人間の想像力を有象未曾有に奔放のモノにさせる。
葛飾北斎・萬福和合神・上巻扉
チンポ男と、マンコ女とでいうべきだろうか。こういった「陰陽神」を題材とするものも多数見られる。
歌川豊国・絵本開中鏡・中巻牡丹灯籠娘之図、第六図。
「ドクロ姦」といってもいいのか。男は催眠により美女と交わっているつもりのすばらしいアイデアである。


無款(歌川国芳画)「怪談・百聞賀話(ももんがわ)」より
ごらんのとおり、江戸浮世絵師の想像力は、現代人のそれを遙かに上回っている。
艶本をたくさん見るに「わろしもの」「あやしきもの」を見たいという人間の欲望は、日本人に特に強いようである。あくまでそれはオープンではなく、ベッドの下に隠すエロ本のようなひっそりとした見方をされるべきモノである。
浮世絵・艶本は「覗き窓」として機能していた。
それは今で言えば大衆週刊誌のようで、美人から、珍獣、珍事件、アウトロー、エロス、なんでもござれであった。
その全体構造は、じつは今も変わらない。
ただ、江戸時代における「浮世絵・艶本」は、ゴシップ誌の機能も持っていたから、「こんな怪物が日本にはいるんだぞ!」という、現実感をともなって人々に受け止められていたようである。
妖怪伝承は、日本の近代化の過程で明治政府により「事実無根」として徹底的に消去政策がとられた。
しかし、それまでは日本人は「あやかし」を大部分信じていたのである。
中国人は変な生き物をみつけたら「まず食ってみる」
日本人は変な生き物をみつけたら「まずエッチしてみる」
どこかで聞いたジョークであるが、どういうわけか、日本人に限って触手が大好きな傾向にあるのは、どこかで「あやしきもの」を信じているところがあるのかもしれないね。
「こんな江戸時代の異種姦を見つけた!!」というかた、
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